五月の夜には、昼の過剰さが滲み残っています。
今日もそうでした。陽光の中で痛いほど鮮やかだった若葉が、今は闇にゆっくりと溶けながら、それでもその勢いを手放さないでいる。完全には暗くなりきれない夜です。この季節の夜だけが持つ、独特の充溢感とでも言うべきものです。人も植物も、過ぎる熱を持て余しているかのようで、私は静かな仕事場にあっても、どこかゆるやかな昂りを感じています。
古書の棚を前にして座っていると、本というものが、それを書いた人間の体温をいつまでも保ち続けているように思えることがあります。頁を繰るとは、活字を追うことであり、同時に、書いた者の呼吸に触れることです。今夜手元に引き寄せたのは二冊——深沢七郎の『笛吹川』と、村上龍の『テニスボーイの憂鬱』。活動した時代も、生まれた土地も、纏った気配も、これほど異なる二人を、私はいつの頃からか一対の鏡として眺めるようになりました。対照であるからこそ、互いをより鮮明に照らし出している。そう気づいたのは、両方の本が偶然にも同じ棚に並んだ、ある夜のことでした。
深沢七郎は、山梨の農村に生まれた人です。若い頃から独学でギターを習得し、芸人として各地を渡り歩いた末に、四十代になってようやく本格的に小説を書き始めた。遅い出発、と評されることがあります。しかし私には、そうは思えません。あれは遅れたのではなく、地の底へと深く降りていく時間だったのだと思います。農村というのは、死が日常の場所です。老いも、飢えも、土も、みな手の届くところにある。そこで長く生きるということは、人間というものを、観念としてではなく、重さと匂いをともなって知るということです。彼の文章に漂う静けさは、感情の欠如から来るものではない。感情が長い年月をかけて腐葉土のように積み重なり、やがて静かな大地そのものへと変容した——そういう静けさです。
彼はギタリストでもありました。音楽を長く携えた人は、沈黙の意味を知っています。音符と音符の間にある空白こそが、音楽の最も深い部分を作り出すことがある。深沢の文章における「語らないこと」は、そのような音楽的な空白に似ています。書かれていない部分が、書かれた言葉と同じだけの重さを持っている。生も死も、愛も無情も、等しく大きな流れの一部として描かれるとき、その筆致には怒りがなく、嘆きもなく、かといって冷淡でもない。ただ、果てしなく深く見ている目がある。
かつて彼は、一篇の短篇小説によって世間の激しい風に晒されました。言葉が政治的な文脈へと引き込まれた瞬間、彼は静かな場所へと去りました。それを逃げと見る向きもある。しかし私は、深沢七郎という人は、言葉が道具として消費されることを体の底から嫌った人だったのではないか、と思っています。言葉は、声高に主張するためにあるのではない。静かに、深く、見えないところへ届くためにある。騒ぎから遠ざかりながらも書くことをやめなかった。その一事に、この人の誠実さと強さがあります。嵐の後も揺れない根を、彼は言葉の下に張っていたのです。
一方、村上龍は、長崎の米軍基地に近い町で育ちました。幼い耳に最初から届いていたのは、英語と、岩を砕くようなロックの音だったでしょう。戦後日本が作り上げた繁栄という幻想と、その向こうに透けて見えるアメリカという異物の混在——その断層の上で育ったということが、彼の書くものの根底にある緊張感の源泉ではないかと私は思っています。二十四歳でのデビューは、爆発と呼ぶほかない鮮烈さでした。その文章には、静けさの代わりに速度があり、受容の代わりに侵犯がある。しかし表層の暴力性の奥底には、切迫した孤独が澱んでいます。龍が壊そうとしていたのは、均質で豊かに見える社会の薄い皮でした。その皮を貫こうとする行為は、荒々しい形をとりながら、本質においては誠実さの発露だったのだと思います。壊さなければ本当のものに届かない——そう信じていた人の文章です。
深沢が土であれば、龍は波です。土は動かず、ただそこに在り、積み重なり、やがてすべてを養う。波は打ち寄せ、砕け、後退し、また別の形で戻ってくる。その繰り返しの律動の中に、ある種の哀しみがある。龍も年を重ね、書くものの射程と濃度は変わりました。それでも根底にある、何かに抗おうとする衝動は衰えていない。波は穏やかな顔をするときも、やはり波であり続けます。形は変われど、本性は変わらない。
二人には、共通する一本の糸があります。どちらも音楽と深く関わって生きてきた、ということです。深沢はギタリストとして、音の中で沈黙を学んだ。龍はロックの衝動を言語へと転化した。土の楽器と波の楽器。鳴らす音はまるで違うけれど、どちらも音楽によって、言語以前の何かを知っていた人たちです。書くとは、結局のところ、自分という楽器で世界を鳴らすことなのかもしれない。そしてどんな楽器も、奏でる者の生き方と不可分に結びついている。
文学者とは、なるものではなく、なってしまうものだと私は思っています。書くことと生きることが、ある時点からぴたりと重なり始め、もはや切り離せなくなる。深沢七郎も、村上龍も、そのようにして言葉の人になった。片方は大地に根を張った木のように。もう片方はどこへでも届く波のように。どちらが深い在り方か、などとは問えません。土には土の時間があり、波には波の必然がある。人はある時期に土の作家を必要とし、ある時期に波の作家を必要とします。そしてそれは、そのときの自分の渇きがどちらの形をしているかによって、静かに決まっていくものです。
五月の夜は、まだ明けそうにありません。
若葉は闇の中でも、昼の光を抱いています。手放さずにいる、というよりも、まだ抱いたままでいることに気づいていないように見えます。