北東北の空は、秋の入口に差し掛かると急に澄み渡り、山々の稜線がくっきりと現れてきます。夜の帳(とばり)が早く降りるこの季節、店じまいの後の静けさのなかで、ふと子どもの頃の記憶がよみがえります。岩手県釜石市、そして盛岡市で過ごした少年時代の景色です。
父は国語科の教員で、家には新刊書がいつも積まれていましたが、古本屋というものにはなかなか出会えませんでした。書店で買う新しい本は身近にあっても、歴史を内包する古書籍文化は、当時の岩手では都会から遠い存在でした。
その頃、470kmから710km離れた都会のラジオ局から流れてくるディスクジョッキーの声に、夜な夜な私は耳を澄ませていました。神保町で古本を買った話、遠く離れた鶴舞の古書店で掘り出し物を見つけた話。深夜放送に乗ってやってくる都会の香りに、胸が高鳴りました。見知らぬ町の古本屋の名は、手の届かない自由と文化の象徴であり、魔法の呪文のように響いたものです。
高校を卒業し、都会に出て初めて古書店の棚の前に立った時の衝撃は、今も鮮明に覚えています。世界的な名著や雑誌のバックナンバー、知らなかった文化の断片が、数百円で手に入る。まるで図書館と冒険の国がひとつになったような棚でした。
あの頃も今も、北東北にはなぜ古書店が少ないのか。振り返ってみると、その土地の宿命にも似た理由が見えてきます。岩手や青森の沿岸部は、歴史的に幾度も大津波に襲われてきました。明治、昭和、そして東日本大震災。町も人の暮らしも、そして文化の記憶も、波とともに流されてきました。物理的にも心理的にも、文化を保管し続けるには、あまりに過酷な土地柄だったのでしょう。
さらに、11月から4月にかけての厳しい寒さと降雪が、人の往来や物流を難しくします。古本屋という商いは、仕入れと持ち込みという在庫の循環があって成り立ちますが、冬の長い閉ざされた道は、そのサイクルを幾度も阻んできました。在庫を抱え、運び、陳列し、また買い取るという営みが、この地で持続するのは難しかったのかもしれません。
そして何より、この地の産業構造の特徴があります。農業や漁業などの第一次産業が生活の中心にあり、都市のような人の集積や文化消費の多様性が薄い。古書文化は、都市に根ざす商取引文化や文化資本の蓄積に支えられて育つものです。だからこそ、神保町や鶴舞の古書店が、私にはまばゆい光を放って見えたのだと、今になって思います。
私自身、岩手沿岸南部に生まれたせいか、心のどこかに「どうせ死ぬときはひとり」「天国には何も持っていけない」「津波が来ればすべて流されてしまう」という、諦観にも似た土地の教えが染みついています。文化をアーカイブすることへの憧れと、その根底に流れる所有への執着を許さない諦め。この二つが同じ身体に同居していることに、時折、不思議な矛盾を感じます。
しかし、その矛盾は決して苦しいものではありません。むしろ、私にとって季節の変わり目ごとに立ち上がる小さな霧のような心のモヤであり、そのモヤこそが、いまの私を形づくっているように思います。店の片隅に積み上げられた古書を眺めながら、その霧の向こうにいる少年の自分と目を合わせる夜があります。
そして気づきます。私が死んでも、本は残るという事実に救われていることを。本は、人の記憶を超えて残り、誰かの手に渡ってまた新しい物語を紡いでいく。その当たり前のことが、北東北で暮らした私の心に、どれほど深い慰めを与えているか。
古本屋が少ない土地に生まれたからこそ、いま古書に囲まれた自分がある。その矛盾を抱えたまま、今日もこの店で静かにページをめくっています。